勘違いの日々。

http://yukopin601.hatenablog.com/entry/2017/07/13/024141

( ↑上記の続きです。)

 

娘は不安定になって、まともに話は出来ない。

かと思えば

甘えて来る。

自分のせいで私が仕事を休むのを嫌がるが

行こうとすると、いて欲しいと言う。

ずっと向き合えなかった後ろめたさから、

これが正解では無いと思いつつも

会社にメールで年休を告げ

一緒にいた。

あっという間に休みは無くなり

欠勤になった。

それでも職場は理解、協力してくれて本当に有難かった。

 

触れようとすると逃げ、引っ掻き、知らん顔すると寄って来る 子猫と暮らす様な生活。

突然、家を飛び出し心配で眠れない。

夜中に迎えに来てと電話が有りタクシーを飛ばす。朝方お腹が空いたと言ってくる。

出来る限りのご馳走を作る。

昼夜逆転の生活。疲弊して行った。

 

こんな生活がしばらく続いた頃 古い友が電話をくれた。

昔から私のピンチが判るらしい。

話している内、私は声を上げて泣いていた。

子供の様に大声で泣いた。

もう何年も涙なんて忘れていた。

その夜、友がお肉がタップリ入ったミートソースを届けてくれた。

食べる事で、こんなに元気が湧くなんて。

友は忙しい中、何度もご飯を作ってくれた。

食べながら泣けた。

 

昼夜逆転と欠勤続きの中、学校に行かなくなったが、社会とは繋がっていて欲しいと思った。

娘と回ろうと、クレープの移動販売車の仕事を習う事に。しばらく研修をし独り立ち出来そうになったが当の娘は全く乗り気にならず。

あえなく断念した。

 

その頃の私は、とにかく世間体ばかり気になってた。上手く行かないと全部離婚したからだと思い込み、ヒステリックになった。

子供達は「そうではない。今は、自分のやりたいようにしているだけ。」

何度もそう言ってたのに 聞き入れる余裕も無く。

自分で自分のクビを締めていた事すら気付かなかった。

※続きます。