集う場所

私が生まれた時には既に倒れて寝たきりだった祖母。不自由ながらも、いつも沢山の家族に囲まれ輪の中心に居た。それを穏やかに見守る祖父。

お正月や誕生日には親戚や友人が大勢集い それは賑やかだった。ビールの王冠のコルクを炙りヒゲやもみあげを描いて悪ふざけする父達を見て笑い転げ

子供達は前で並ばされ歌を歌ったり。

普段口数の少ない祖父が楽しそうに笑う姿を見て

張り切ったのも覚えている。

 

昨日、久しぶりに 実家に親戚が 集った。

祖母と叔父の法要の為だ。

叔母はずっと法要の事を気にしていて

各自の節目ごと

手書きで丁寧に ノートに書いてあった。

今年は

「   昭和92年 母 33回忌   夫17回忌   」

昔からしっかり者で 自慢の叔母だが 頭が下がる。

弟も山口と兵庫から駆けつけてくれた。

しかし2人共、随分と動くのが大変になっていた。

無理も無い。

父を含め兄弟みんな

80歳以上や それに近い。

久しぶりの再会にみんな涙腺が緩む。

足元もおぼつかず 感動の再会で手を握るまでが

スローモーションのようだった。

母が一言「 鈍行列車が通ります 」

最近ちょっとしょぼしょぼしがちな父だったが

兄や弟を見て シャンとしなければ!と思った様で

久しぶりに目ヂカラが戻った。

こんな機会、必要だな。

   

かつて 祖母達が過ごした仏間に、25人。

法要が終わり会食が始まった。

 

叔母は無事に気がかりを解消し 安堵していた。

弟達に思い出話をしていたが、

楽しそうに聞いている叔父達は

戦争で疎開していた頃の小さな弟達に見えた。

本当に可愛くてたまらなかった弟達だったんだね。

弟達もお姉ちゃんの望みを叶える為に無理をおして

駆け付けてくれたんだと再確認。感謝

 

帰り際、涙ながらに 叔母が言う。

「  あんた達!私より絶対先に死んだらダメだからね!許さんよ! 」お姉ちゃんの言う事は絶対だ。

三人の弟達がピリッと姿勢を正す。

歩みも気持ちも誰より凛としている90歳の叔母。

悲しい理由では無く

間を開けずみんなで楽しく集まると

約束した 素敵な日だった。